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心の病を抱えた父を守るため実家の寿司屋「やま乃」を継ごうと決めた女子高生・山野葵と、その決断に戸惑い反対しながらも、彼女の人生を本気で背負おうとしない離婚した母・房子や周囲の大人達。そんな葵の前に現れた、彼女がかつて所属していた少年野球チーム「高山メッツ」の監督・梅田庄吉。
粉雪が舞う静かな夜、葵は庄吉に野球の勝負を求める。ある事情で小指のない庄吉の投げるボールの軌道を、葵は子供の頃から「魔法」だと信じていた。この逆境の日々の中で、せめて魔法のような力を信じたい・・・老いた庄吉との真剣勝負は、葵に人生の苦みと哀しみ、そして新しい希望を与えるのであった。
オリジナル・パンフレット
監督インタビューより一部掲載
今、もっとも輝きを放つ若手女優の芳根京子さんを主演に迎えた本作。芳根さんの迫真の演技が光りますね。
「朝ドラのヒロインに選出される前の撮影でしたが、もちろんそれよりもずっと前から演技が絶賛されているのは存じ上げていました。実際、芳根さんの芝居には驚かされることが多かった。いきなりダイヤモンドというか、誰かが磨かなくてもキラキラしている。それも刹那的な感性とは一線を画す技術を伴った輝きです。演出家としては怖いですよ。試されてしまう。『わさび』は、心の病を抱えた父親を守るため、実家の寿司屋を継ぐことに決めた女子高生の物語です。芳根さんが演じた山野葵は非常に大人びた性格の女子高生ですが、自身を取り巻く困難な環境に挫けそうになりながらも父親との絆を必死に守ろうとする姿はイメージ通りというか、イメージ以上だったと言っていいと思います」
テーマも大変新鮮に映りました。若者が夢を叶えるために情熱を注いで修行を重ねるという青春映画でもありませんし、映画の結末がまったく予想できないという点も興味深いですね。
「女性が寿司職人を目指す姿はたしかに珍しい光景です。映画の中の10代はいつも夢に向かってキラキラしていますが、実際は現実の壁にぶつかったり、夢を諦めざるをえない状況の子だっているわけですよね。そんな彼らも明日を夢見て青春を謳歌している子に負けないくらい美しく輝いているはずだという想いで作っていました。映画の結末って基本的に幸福か不幸しかないのですが、人生はそうじゃないし、皆どこか哀しくて、だから優しい。だからこそ、葵は主人公なんです」
なるほど。あの人物像はどのように構築されたのですか?
「もともと私はすべての登場人物の背景をかなり細かく設定します。幼少期のことから、好きな芸能人、普段考えていることまで細かく。原稿用紙にするとだいたい10枚くらいです。しかし過去にやりすぎて誰も読んでくれなかった経験があり今は2~3枚くらいで書くのを我慢しています。役者が自由に発想する余白も必要なので、背景を役者に渡す時もあれば渡さない時もあります。葵の大人びた性格は、ちょっと不自然すぎるくらいに立派なものですね。生活環境のせいで無理に大人にならざるを得なかった「いびつな成長」というか。当初リハーサルで芳根さんが作ってきた葵は、周囲を寄せ付けない非常に刺々しくてセンシティブな人物像でした。でもそれだと大人にとってはコントロール可能な若者であって、例えばヤンキーにぶつかる熱血教師みたいに、頑張ればなんとか解り合える。大人にとって一番困るのは「達観」されること。柳の木のようにこちらの言葉や思いがまるで刺さらないことです。葵の孤独さを際立たせたかったので、逆算的に葵は心が折れないように踏ん張っている少女ではなく、既に折れた心を隠して笑っているような女性像になっていきました」
公式パンフレット・監督インタビューへと続く・・・
「わさび」「春なれや」Official Site / © 外山文治